ナーシングホームに入居されている方。
お身体が不自由で寝たきりである。
若い頃には川柳を作られていたらしいがこの頃俳句も作られる。
先日、お部屋へ訪問したら
生きのびて
寒のさむさや
身にしみる
と紙に書いて立てかけておられた。
「川柳なら面白い。もし俳句なら」と前置きして少しお話をした。
「寒」は冬の季語。「さむさ」も冬の季語。そして「身にしみる」は秋の季語となる。
「季語が多過ぎるので少し削りましょうか」と尋ねると「そうして下さい」と言われる。
「では、『寒のさむさ』を『夜の寒さ』にしましょう。『身にしみる』は晩秋そろそろ肌寒くなることを言
うけど、人の心に共感することも身にしみるといいますから、これは季語としてではなく一般語と
なります。
生きのびて夜のさむさや身にしみる
ではどうでしょう」
「それがいいです」とニッコリ笑われた。
「何よりこの『生きのびて』がいいですね」と賛意を示すと、唯一自由に動く右手で顔を覆って号泣
された。大病を経て奥さんの介護の下、頑張って生きておられる現状の厳しさが図らずも噴出し
たのだろう。
次に訪問した時
生きのびて夜のさむさの身にしみる
と書いて飾っておられた。
原作を活かすために「さむさや」としておいたが、実は内心「さむさの」の方がいいと思っていた。
ご本人もきっとそう思われたのだろう。「さむさの」と推敲されていた。
寝たきりの長い日々を過ごされる方にとって俳句や川柳という短詩は生きがいを与える力を持っ
ているとつくづく感じた出来事だった。
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