2011/07/13

2011/07/04

俳句 青時雨

青時雨肺自ずから空の内
髭剃つて文月をさて如何にせむ
珈琲を文月の胃に流し込む
夏木立わが脊椎骨にその息吹
諦念は敗者の小唄夏木立


mishimahiroshi

2011/07/02

俳句 梅雨闇

梅雨闇と云ふ一塊を救急車
紫陽花や山に日当たり街に雨
真夜醒めて安穏梅雨に抱かれぬ 捩花の螺旋階段果てに空
七夕に願ふは他人のことばかり
青葡萄昼間は刻のゆるやかに
枇杷の実や夜目に確かな在り処
丹精の白の極みやアマリリス
七月のビルの輝き雲を置き



mishimahiroshi

2011/07/01

俳句 明易

明易の想ひ出はみな美に染まり
夏山の迫りし窓の夜明けかな
夏の蝶日を総身に横切りぬ
雲の峰今生の白封じ込め



mishimahiroshi

2011/06/30

俳句 短夜

短夜やわが魂の褄む四肢躯幹
四囲の山緑を誇り明け易し
床にある汗の人型痩せてをり
ひと日もの言はぬやすらぎ梅雨の風
梅雨の灯やわが手の影に驚きぬ
万緑の秘めたる闇の深さかな
蝸牛ゆつくりとかつ確実に
夏兆す雲の白さを希望とし


mishimahiroshi

2011/05/28

寺山修司、高校時代の手紙見つかる 「俳句革命」説く

寺山修司に関する新発見の記事が朝日新聞に出ていました。
寺山修司、高校時代の手紙見つかる 「俳句革命」説く asahi.comより
 「俳句革命運動を」――寺山修司(1935~83)が高校生時代、仲間に向けて呼びかけていた手紙が見つかった。俳句は、多彩な表現活動で先鋭的な創作を手がけた寺山が最初に頭角を現した分野。見つかった手紙は、寺山が10代に向けた伝説的な俳句同人誌「牧羊神」を創刊する直前に出されたものだった。
 寺山は青森高校3年だった54年2月に「牧羊神」を創刊した。その前年末、創刊同人の一人に「俳句革命」を誘う手紙を出していた。
 「来年は小生と大いに青春俳句のためにあばれましょう」「俳句革命運動を説き同志を獲得して欲しい」「最初にイズム(主義)の確立が必要」「十代の芸術派を押立てる」など、7枚にわたる。消印は53年12月31日。

http://www.asahi.com/culture/update/0528/TKY201105280223.html?ref=rss


俳句の世界では寺山修司の評価はあまり芳しくないものでした。
なぜなら人の作品を題材として自身の作品として創出してしまうという手法が、当初は剽窃として嫌われていたのです。しかし今日では俳句の世界でも評価が高まっています。特に若い人たちは古い俳人による寺山批判のしがらみもなく、素直に青春俳句として寺山の世界を楽しんでいるようです。

奇しくもこの手紙の日付、私の誕生日です。

「タンボとハタケ」さんのサイトから食中毒について

「タンボとハタケ」さんのサイトから食中毒について
http://tahata.seesaa.net/article/205011598.html