2022/08/25

俳句とからだ 178 DNAとワクチン

 

連載 俳句と“からだ” 178

 

三島広志(愛知県)

 

DNAとワクチン

 COVID-19(新型コロナウイルス)が蔓延して一年半が経過した。期待されたワクチンが日本国内でも接種されつつある。しかしワクチンに対する不安や様々な憶測も飛び交っている。そこでワクチンに関してPubMedという生命・医学論文検索サイトで調べてみた。目を引いたのが以下の論文である。

COVID-19 mRNA Vaccines Are Generally Safe in the Short Term: A Vaccine Vigilance Real-World Study Says.(Frontiers in immunology. 2021)

COVID-19 mRNAワクチンは一般的に短期的に安全」という表題だ。結論は「COVID-19 mRNAワクチンは、一般的に非重篤な局所または全身反応であった。アレルギー経験はアナフィラキシーの危険因子でありさらなる評価と監視が必要」とある。論文は7名の中国人専門家によるもので202012月までに米国で接種された180万回以上の結果に基づいている。

 

 免疫、ワクチン、DNARNAそしてmRNAについて復習してみよう。免疫とは自己と非自己を認識し自己(身体)を病原体などの非自己(抗原)から防衛する働きだ。抗原に対抗する抗体を作成し、将来に備えて記憶する。ワクチンは病原体を無毒化・弱毒化した抗原で体内の抗体産生を促し、感染症に対する免疫を人工的に獲得する。DNAは生命を維持するための「設計図」であり、主に細胞の核の中に存在し遺伝情報の蓄積・保存を担う。対してRNAは細胞内にありDNAの情報を転写し、タンパク質の合成(翻訳)を行う。つまりDNAは重要な遺伝情報が記録された原本で常に核という金庫に保管されている。必要な情報だけコピーして持ち出されたものがRNAである。話題のmRNA(messenger RNA)RNAの一つでDNAからコピーした遺伝情報に従ってタンパク質を合成(翻訳)し、役目を終えるとすぐに分解される。用済みのコピー用紙がシュレッダーに掛けられることと同じである。したがってRNAは破壊されてもDNA(原本)は守られる。

 

今回二種類のワクチンが開発されている。一つは無毒化した別のウイルスの中にCOVID-19の表面に突き出た角のDNAを入れたウイルスベクターワクチン。もう一つはmRNAワクチン。合成した角のRNAを細胞に注入する。するとRNAmRNAとして機能し抗体を作る。抗体は自己を傷つけることなく非自己(病原体)を特定し破壊する。mRNAワクチンは理論上DNAを変質させないため安全性が高いという。皆がワクチンを接種すると個人免疫と同時に集団免疫も獲得できる。人類という生命共同体の維持存続には不可避のことだ。

 

 自己非自己何もて分かつ半夏生

三島広志

俳句とからだ 177 共通言語

 

連載俳句と“からだ” 177

 

愛知 三島広志

 

共通言語

近年、医療や介護、福祉の世界で地域連携が叫ばれている。在宅高齢者の居宅へ介護支援専門員や介護福祉士が訪問する。医療が必要なら訪問看護や訪問リハビリ、歯科衛生士などが加わる。医療の指示は医師や歯科医師が行い、薬品管理に薬剤師も参加する。対応が医療、生活、経済、社会参加など多岐に亘るため多職種との連携が必要となってくる。そこで問題となるのが多職種を貫く共通言語だ。

医療系の共通言語として一般的に知られているものがvital sign(バイタルサイン 生命の兆候)だ。体温、血圧、脈拍数、呼吸数の基本に加えて意識レベルを調べる。近年はSpo2(酸素飽和度)も必須となっている。日常的に記録しておくと異常に気づき易い上に多職種間で情報を共有できる。

 

しかし共通言語以外に専門用語がある。標準語と方言に換言すると理解しやすいだろう。理学療法士は肩の三角筋が筋力3と聞けば抗重力可能(腕を上げることが可能。筋力2では不可能)であるから生活動作可能と理解する。薬剤師は薬の成分名(例:ファモチジン)で互いに理解可能だが他職種には商品名(例:ガスター20)と分かれば胃の薬と想像できる。作用機序が胃粘膜のヒスタミン2受容体を遮断し、胃酸分泌を抑える胃・十二指腸などの潰瘍や胃炎、食道炎などの治療薬であり、副作用として発疹・皮疹、じん麻疹、顔面浮腫、便秘、月経不順、女性化乳房などに注意と知れば安心して対応できる。このように共通言語は開かれた言葉、専門用語は閉ざされた言葉とも言えるだろう。

 

十数年前、介護支援専門員として七十代独居男性を訪問した。机上の薬の束が目に入ったため確認するとアマリールという糖尿病の薬だ。本人は痛くも痒くもないから服薬しないと言う。薬名は方言だが共通語として学んでいたので薬剤師へ報告した。また、玄関の上がり框が厳しくなった八十代女性がいた。下肢の筋力低下だ。速やかに理学療法士へ連絡し、手すりの増設と機能訓練など対処して貰った。これらが連携である。その根幹にあるのが共通言語から得た知識である。

 

共通語とされている日本語にも方言がある。文法は同じだが薩摩と南部では外国語ほど異なる。多職種間でも同様の問題が生じる。そこで必要になるのが共通言語だ。閉ざされた方言である専門用語を開かれた共通語にするため互いに学び合う。

 

では俳句はどうだろうか。芭蕉が「いひおほせて何かある」と述べたように、敢えて正確さを消したところに文芸の誠が立ち上がる。共通言語では伝達し尽くせない意や情を俳句的言語で示す。読み手も詠み手の放つひかりを受信しようと試みる。これが鑑賞する行為であり座である。正確を重視する日常語と骨格のみを示す俳句用語は異なるといって良いだろう。

 

霜柱俳句は切字響きけり  石田波郷

俳句とからだ 176 すみれ

 

連載俳句と“からだ” 176

 

愛知 三島広志

 

すみれ

 すみれの花が舗道の隙間あちこちに咲いている。その生命力には驚きを隠せないが、何故そんなところに棲息しているのか。

その理由をわかり易く描いた『すみれとあり』(矢間芳子著 福音館書店刊)という子ども向けの絵本が読まれている。すみれの種子には蟻の好む物質が付着しており、蟻は種子を巣に運びその付着物だけを摂取した後廃棄する。こうしてすみれの種子は蟻によってあちこちに伝播される。この付着物はエライオソームと呼ばれ、すみれ以外にも多くの植物が分泌して蟻と共生していることがわかった。

 

 菫咲く連弾のさみしさに似て 

杉山久子

 

 すみれの語源は「墨入れ」からだと講談社刊『日本大歳時記』に書かれている。小学館刊『日本国語大辞典』にも「和名は『墨入れ』の略で、花の形が墨壺に似ているところから」と記されている。国語辞典編纂者飯間浩明氏によると墨入れ説を周知したのは著名な植物学者牧野富太郎とされている。『牧野日本植物図鑑』(1940)に「和名ハすみいれノ略ニシテ其花形大工ノ用ウル墨壺ニ似タル故云フナリ」とある(高知県立牧野植物園HPに完全掲載)。しかし先行する殿村常久著『千草の根ざし』(1830)などにも書かれているので、牧野はそれを拡散したということだ。

 はたしてこの「墨入れ」説は本当だろうか。万葉集に「春の野にすみれ摘みにと来し吾ぞ野をなつかしみ一夜宿にける」という山部赤人の歌が掲載されている。万葉仮名では「須美礼」と書かれている。今日知られている墨入れと関わりなくすみれは古代から詠まれていたのだ。

 

野に伏して菫は頬に冷しと

岡田一実

 

牧野著『植物知識』(講談社1981)を所持していた。紛失していたが今回Kindleで無料入手できた。その親本である『四季の花と果実』(逓信省)1941年刊だ。冒頭の一節「花は、率直にいえば生殖器である」が知られている。この本のスミレの項目は長文にも関わらず意外なことに『牧野日本植物図鑑』に書かれた墨入れ説は書かれてはいない。。牧野は万葉の時代からすみれという名前があったのだから江戸時代に作られた今日の大工道具の墨入れとは異なると考えて『植物知識』には書かなかったのではないだろうか。私見だがむしろ江戸の大工が粋で墨入れをスミレの花の形に似せたのではないか。道具に拘る職人の美意識が今の墨入れを作ったとしか思えないのだ。

 

『植物知識』には冒頭の蟻の生態について詳しく説明されている。蟻の好む付着物は肉阜(カルンクル)と呼ぶそうだ。精密な自然の営みは昔から知られていたのだ。

 

いずれ皆絶える菫を愛でいたり

赤野四羽

2022/08/06

【俳句甲子園】全審査員を納得させた高校生の俳句


第10回の最優秀句は愛知県立幸田高等学校の清家由香里さんの

山頂に流星触れたのだろうか

は、文句なしの名句。
さらに同じ幸田高等学校の第17回最優秀句

湧き水は生きてゐる水桃洗ふ 大橋佳歩

この両句は記憶に残ります。

以前、俳句甲子園の審査員をしていましたからお二人とはお話しもしたことがあり
尚更印象的です。第17回は私も松山で終日審査員をしていました。

今年も俳句甲子園の季節となりました。
高校生の皆さん、悔いの無い大会を。