2022/08/25

俳句とからだ 190 人にはどれほどの土地がいるか

 

連載 俳句と“からだ” 190

 

三島広志(愛知県)

 

人にはどれほどの土地がいるか

 

 2022224日、ロシア軍がウクライナに侵攻した。614日現在、戦火が世界に拡大する懸念を抱えたまま戦争状態が続いている。両国の歴史的経緯には詳しくないが、今の時代に武力による侵攻が易々と行われたことに驚きと怒りを禁じ得ない。

 

侵攻を機会にウクライナ民話『てぶくろ』やロシア民話『おおきなかぶ』が読まれているという。『てぶくろ』は森の中に落ちていた手袋にネズミやキツネ、オオカミやクマなど七匹の動物が仲良く入る物語。『おおきなかぶ』は巨大に育ったカブをおじいさん、おばあさん、孫娘、イヌ、ネコ、ネズミまでが協力して収穫する話だ。どちらも仲良く暮らし、助け合う物語である。ネット上にはこれらの素晴らしい民話を生んだ国同士が争うという現実に悲しみ、平和を願う声が溢れている。

 

生きかはり死にかはりして打つ田かな            

村上鬼城

 

 これらは古くから伝承されていた民話だが、ロシアの文豪レフ・トルストイ(18281910)1881年から86年にかけて民話形式の教訓的短編を書いている。今回の侵攻で思い出したのが『人にはどれほどの土地がいるか』(1886)である。『トルストイ民話集 イワンのばか』(岩波文庫)の中に納められている。翻訳は中村白葉(18901974)

 

教科書で学ぶ世界史も日本史もほとんど戦争の歴史である。戦争とは主に国家が軍事力を行使して他国に対し政治的目的を達成しようとする野蛮な行為である。多くは領地を奪おうとするものだ。トルストイの民話はその愚かさを農民が土地に執着する寓話で示している。

 

 農夫パホームは土地さえあれば幸福に暮らせると信じていた。ある時悪魔が化けた旅人に日の出から日没までに一周出来たらその土地が貰えるという魅力的な話を聞く。彼はその地に出向き、より大きな土地を手に入れようと必死で歩き、ついに広大な土地を手にする。しかしその途端、無理が祟って息絶えてしまう。民話は以下の文章で終わる。

「下男は土掘りをとりあげて――頭から足がはいるように――きっかり三アルシンだけ、パホームのために墓穴を掘った、そして彼をそこに埋めた」

 

これが自己完成を山上の垂訓を元とした原始キリスト教的世界観に求め、民衆のために国やロシア正教と闘った偉大なるトルストイの「人にはどれほどの土地がいるか」の答えであった。

 

あやまちはくりかへします秋の暮

三橋敏雄

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