2020/08/11

宇宙医学 重力は生物に何を与えたか

2006年7月の愛知学院大学モーニングセミナー参加記録。

7月11日、恒例の月一セミナー、愛知学院大学モーニングセミナーへ行ってきました。

今月のテーマは「宇宙医学 重力は生物に何を与えたか」。講師は藤田保健衛生大学 衛生学部教授 長岡俊治先生。

宇宙医学とは突飛もない話のようですが、これが実は我々が我々であるために実に身近なテーマであると同時に、寝たきり老人などの介護医療に関して重要なヒントとなるのです。

お話はロシアの宇宙飛行士が宇宙に長期滞在した後、身体に重大な、しかも予期せぬ事態に陥るところから始まります。なぜなら彼らは地上での生活に対応できなくなっていたからなのです。

地球上の生物は常に環境の影響下にあって進化してきました。それら環境は当然あるものとして存在していますから、あまりに身近なゆえに却ってその重要性に気づくことは困難です。魚は水の存在を知らずに生きています。彼らが水の存在を知るのは地上に出たときです。呼吸の問題と自由に動けない問題。同様に人は重力の重要性は宇宙空間に飛んで初めて解明できるのです。無酸素状態は地上で作ることが可能ですが、無重力を地上で長時間作ることは困難です。

以下は講師の長岡先生のまとめられた資料から抄出します。ところどころ当日聞いたお話を括弧で囲ってつけます。


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・地球型生命の誕生は35億年以前。陸上に動物が現れたのは約7億年。人類の起源は200万年前とも500万年前とも。

・地球生命への試練とも言える大異変が何度も繰り返されてきた。還元雰囲気中で誕生した生命が酸素呼吸生物へと進化した変化、単細胞生物から多細胞生物への進化、水中から陸上への進出、地球環境の広域的な変動による大規模な絶滅(大型爬虫類の絶滅)

・プロセスで重要なことは生物自身の多様性と生物をとりまく大気、温度、海、紫外線や放射線などの環境因子。生物は地球の環境に適応せざるを得なかった。

・人類を含め地上で進化した生物にとって、地上にいる限り重力は空気と同じように全く透明な環境因子。生物の機能はいたるところで重力を積極的に利用。動物の行動は重力によって支えられかつ、制限されている。植物は行動することはないが、自らの体を支える必要があり、重力に逆らって水分や栄養分を汲み上げる必要がある。

・「生物にとって重力とはいったい何か」という基本的な疑問に対して、私たちは地上にいる限りこれまで確実な答えを与えることができなかった。宇宙の無重力環境という、生物が進化的には全く経験したことのない環境が実現できるようになり、この分野の研究は大いに発展。

(毛利さんが宇宙へ行ったとき、蛙の跳躍実験が計画されていた。しかし事前に飛行機による無重力状態で実験したところ、蛙は天井にぶつかり、壁に跳ね返り、床にたたきつけられるというビリヤード状態になって失神、あまりに危険だということで実験は中止になった)

(無重力状態では水は丸やリングなどさまざまな形になる。さらに水は付着する性質を有する。最初に宇宙で入浴しようとした飛行士は45分かかった挙句、水が顔に付着して窒息死しそうになった。宇宙での入浴はきわめて危険であることが判明)

・宇宙医学は老化に伴う骨や筋肉、あるいは平衡失調といった地上の疾病や障害にも密接な関連がある。

・ヒトが宇宙環境に曝された場合、「重力に最も敏感に応答する内耳系」や「重力に最も影響されやすい体成分」である血液などが短時間で再分布する。宇宙酔いなど。

(宇宙酔いの症状は悪心、嘔吐、顔面蒼白、冷や汗などいわゆる自律神経症状)

・これ以外にも、心臓を中心とする血液循環能、体液量、空間識とよばれ日常生活に必要な上下、水平、垂直感覚など、多くの生理機能が一時的な変調を示した後、一定の期間を経て今度は地上とは別の状態へと適応。

(宇宙飛行士は無重力に慣れると、ペンを空中に置いて作業したりするようになる。それで帰還後、うっかり空中にコップなど置いて割るという失敗をすることがある。あるいは高いところから踏み出そうとする。宇宙空間では身体が宙に浮くから問題ないが地上では墜落してしまう)

・「重力を支える器官」である骨や筋肉の変化については、どこまで変化が続くのかその範囲はまだ分かっていない。特にカルシウムの減少や宇宙放射線の影響は、ずっと時間的に蓄積されると言われている。しかし、まだ完全に説明できるだけ十分なデータが蓄積されていない。

・微小重力に長時間さらされていると、血液量が減少するばかりでなく、心臓の機能も低下。血液循環を調節する自律神経の働きもそれに伴って低下。

(心臓が胸という身体の上部にあるのは重力に逆らって脳まで血液を送るため。蛇も木に登るので心臓は頭寄りにある。しかし水中の海蛇は無重力に近い環境に棲んでいるので心臓が身体の中心にある。したがって木に上ろうとすると脳貧血を起こす可能性がある)

・宇宙飛行士が地上に帰還したとき、起立耐性減少(立ち眩みがはげしくなる)や運動能力低下といった問題を引き起こす。原因は無重力環境で生じる体液の上半身への移動を伴う再分布を心循環系の自律調整機能が全身に過常に体液があると解釈してこれを減らすために起こる。

・同じような現象は何日もベッドに寝たきりの状態でも起きることがわかっており、短時間では人が水中にいる状態でも起きている。

・無重力環境の宇宙飛行士は体重を支えたり、重力に逆らって運動する必要がないため、必要な運動量や力は非常に少なくなる。すると、筋肉の萎縮が起こると同時に体内からカルシウムの排出がはじまり、しだいに骨密度が低下する。

・加重の大きい骨のカルシウムほど逃げやすい。負荷のかかる筋肉(抗重力筋)ほど、宇宙での萎縮が激しい。ヒトの場合はふくらはぎ。地上でも運動をしないと抗重力筋は徐々に別の筋線維に変化していく。

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わたしが依頼された寝たきりの患者さん。今年の冬にはベッドからトイレまで歩けたのですがコタツで足首を低温火傷して歩行禁止。3ヵ月後やっと火傷が治ってさあトイレにと思っても足が全く役に立ちません。ケアマネさんから依頼を受けてリハビリを開始しましたが、この暑さに負けてしまいなかなかはかどりません。

この場合、弱ったのは足の筋肉だけでなく、体幹の筋肉、そしてバランスをとる神経。血液を送り出す心臓の力。そうした総合力の上に歩行が成り立っていることが今回の宇宙医学の話でよく分かりました。

以前、西洋人は重力を束縛と考えると聞いたことがあります。神から与えられた束縛=原罪としての重力。それに対して強い筋力で立ち向かうのが西洋流です。たとえばスポーツでも筋肉トレーニングで身体を強くして成果を挙げようとします。

それに対して日本では重力は和すものと考えてきました。日本人の旧来の身のこなしは重力との良き関係性の上に成立していたのです。ですから同じ格闘技でもお相撲さんや柔道家はどちらかといえばぽっちゃりした身体となり、レスラーは筋肉隆々となります。

今日では両者の良い点をそれぞれ取り入れて訓練されていますが、重力を対抗すべきものとして筋力トレーニングをすると筋肉が硬く、むきむきとなって豪快ですが美しくありません。それに対して同じバーベルを持ち上げるにしてもその重力と和そうとすると、筋肉のつき方が違ってくるようです。どことなく筋肉に知性を感じます。すると技術に必要な筋肉が意識的に形成されるので動きも精緻になるのです。

重さに対してがむしゃらに抵抗して作った筋肉は期待に反して技術の邪魔をすることが多く、それはすぐれたアスリートでも筋肉トレーニングを取り入れて駄目になった多くの例が証明しています。

やってみるとすぐに分かりますから、ちょっと実験してみてください。

一歩踏み出すとき、足の筋肉でえいっと踏み出すと力強く見えます。

次にふっと膝を抜くようにして移動しますと能役者のような仕草になります。膝を抜くという感覚が分かりにくいかもしれませんが、能役者のような気持ちになってみると理解できるでしょう。この動きが日本人古来の動きの基本にあったのです。それらは古武術や日舞などに継承されています。今日、そのよさが再発見されてスポーツに取り込まれつつあります。

重力の中に生きているわたしたちは重力といかに上手に付き合っていくかが重要な課題となります。重力は束縛ではなく、生物は重力の中で重力の影響下で進化してきたとセミナーで教わりました。重力はわたしたちを支持すると同時に制限もするのです。しかし重力に制御されたままでは寝たきりになってしまいます。

重力は宇宙開発や医学に関係するだけでなく、日常の何気なく歩くという行為、箸を使うという仕草、着物を脱ぐという動作、寝転んだり立ち上がったり、しゃがんだり・・・あらゆる側面に関係しています。

今回のセミナーは改めて重力と日々の暮らしや営みとの関係に目を開かせてくれました。



 

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